きいてないっす。
今日は内定式でした。
前にきた連絡だと「テレコム部局の課長級とまたーり昼食会」だけだったはず。
超脱力系ででかけたところ、集合してくばられたスケジュール表には、なーぜか事務次官面接が追加されてた。
おっかしぃーなぁ・・・自分きいてないっすよ?(汗)
秘書課の職員も「そそーのないように」ってなんかピリピリしてるし、事務官の周りの人たちも自己紹介原稿の起草にいそしみはじめるし。
人生で10本の指に入る緊張、たぶん・・・。
「白い巨塔」にでてくるかんじのでっかい会議室に通されて、目の前には官房長とか参事官とか審議官とか事務次官とかずらーっと。んで自己紹介。
自己紹介途中で、おえらいさん、みんな赤い羽根募金の羽を胸につけてるのに気づき、そのキュートさに噴出しそうになるのをぐっとこらえるのに必死でしたw
んで夜は飲み会で今べろんべろん。
まぁこれでしばらくの間自分の道が決まってしまったわけで、なにやら寂しいやら、マリッジブルーの気分です。
(帰り道、小腹がすいて松屋行ったらFlのおにいさんとばったり。。。深夜松屋で知り合いに遭遇してしまうのってホントなえマス)
百万石最強。
少々古い日記です。
先週学会で金沢にいってまいりました。
東京に生まれ育ってこのかたコンクリートジャングルをこよなく愛してきましたが。
今回はじめて国内のほかの街に対して嫉妬を覚えたというか、「住んでみたいな〜」と思わせてくれた街でした。
まわったところをいくつか紹介します。(携帯から写真取り出せないのでkabaoさんの撮ってくれたのを拝借)
- 浅野川流域・主計町
夕暮れ時を狙っていってきました。
人通りも少ないし、ガス灯ちっくな照明が川面に映えて雰囲気満点。
鴨川力学が働くほどカップルもいないし。
(hirax.net::鴨川カップルの謎::(1998.11.29))
特に主計町から路地裏に入ることをお勧めしたい。
古い家屋はもちろんのこと、新築であっても当時に忠実に再現してある。
しょーじき家主に対し嫉妬を感じるw
松涛の馬鹿でかいお屋敷よりこっちのほうがうらやましいもん。
- 東茶屋町
ほとんど映画村。
当時の遊郭がかなりまとまって保存されている。しだれた柳と赤銅色の格子がたまらん。
遊郭が保存されているだけならまだ「がんばってるなぁ」で済むのだが、「自由軒」や「コールドパーマ」「乾物屋」「楽器商」「駄菓子や」まで戦前のままで残っているとなるとほとんど異常な世界である。もちろんポストも旧型のまま。
茶屋町の一部はギャラリーやカフェに改装されているのだが、「茶屋」としていまだに営業しているところも少なからずある。
夜中1時すぎ、一人でてくてく散歩してみたところ、目の前の茶屋前がなにやら騒がしい。
「先生ったらホント湯浅弁護士そっくりぃ〜」
どうやら弁護士か医者か県会議員の先生が芸姑さんにお見送りされている模様。もちろん深夜の茶屋町、観光客や通行人は一切おらず、いるのは先生待ちの車だけ。完全に闖入者となってしまったわけだが貴重なものを見れた。芸姑さんのばりばりの標準語にはずっこけたけど。
やはり男なら死ぬまでに一度、奥座敷で豪遊してみたいもんです(爆)
- 忍者寺
三代利常公が公儀隠密対策と金沢城の出城を兼ねて建立したらしい。
見た目は寺だが、中身は物見やぐらつき仕掛け満載の要塞だそうな。
どんなにシブいところかと思って行ってみて拍子抜け。
「いらっしゃいませ〜ご予約の方ですか?」
ふつーに制服姿のおねーさんが受付やってた。
ちなみに受付だけかと思ってたらガイドさんも兼ねてた。あなどれない。
ツアー前のアナウンスで「忍者寺と呼ばれておりますが忍者とは一切関係ございません」としっかり前置き。
でも、これはスゴい。
この寺の設計をした人は偏執狂かほんまもんのサディストだと思う。「切腹の間」とか常人じゃ考え付きません。
百万石になるためには多分これくらいの根性が必要なんでしょう。
- 21世紀美術館
作品自体がすごいっていうより、特定の作品を展示することを前提として美術館が設計されている点に頭が下がる。
「タレルの部屋」は最高。天井にあいた正方形の窓?から一日雲を見てぽけーとしてられる。ちなみにガラスはまってません。あと「スイミングプール」もいい。上から覗く人と下から見上げる人との間で手をふりふり微妙な交流が生まれる。
無料で利用できるスペースにも、最新型の油圧エレベータとかムチャクチャきれいな芝生とか、楽しめるスポットがいっぱい。公共空間の鑑ですな。
兼六園はたしかに日本三大名園と言われるだけある、人智と自然の融合した見事さだった。まぁでも人が多すぎて、またーり浸れることもなく…。理系心をくすぐるのは園内に存在する日本最古の噴水。
19世紀に作られたというんだから驚きである。もちろんモノ自体は古代ギリシャから存在するものだが、日本庭園の精神と対極にある噴水を敢えて取り込む試みが江戸期にすでに行われていたのにはびっくり。
ちなみにもういっちょ理系的にきたのが辰巳用水。
犀川上流で取水される兼六園の水源となる水道であるが、金沢城内にも導水されている。そのとき問題となったのが兼六園と金沢城の間に位置する深い堀。これを解決するために逆サイフォンが用いられている。すげえ。
写真は神社の山門。
光っているのは最上階にはめられたギヤマン。昔は灯台かわりにもなったらしい。
明治初期の和洋折衷建築のひとつらしく、すごくへんちくりんなんだけどカッコいい。
とにかく街の規模もちょうどいいし、街角そこらで文化の香りというか華が感じられる。
一方で不思議なこともいっぱい。
独断と偏見に満ちた「ここがヘンだよ金沢市」。
- 金沢駅東口地下空間が異常なほどだだっぴろい。たぶんサッカーがフルでできる。そしてひとっこひとりいない。
- 西口からまっすぐ伸びる50M道路。三車線はほんとに必要なのかと問いたくなる交通量。小松の自衛隊機でも不時着させようというのか。駅から1Km歩いてもコンビニが見つからない空白地帯。
- 主要道路には横断歩道が少なく、対岸にでるには地下道を使用。
- そして地下道にはエレベーターでアクセス。これがバリアフリー…?
- シアトルズやスタバがぼこぼこあるのに街中で牛丼屋が全く見つからない。金沢の酒飲みはシメに何を食べるのだろう。
- 夜そうそうに閉まる居酒屋。夜型人間は生きていけないライフサイクル。
- っていうかなんで街全体こんなに金回りが良さそうに見えるのだろう?やはり森大先生のお力なのか?
コマゴマかいたけどほんと不思議な街です。
江戸期には日本第四位の人口を誇った金沢であるが、幕末期に加賀藩はさしたる働きもしなかったことから、明治に入ってからその地位は低下の一途をたどった。旧四高など明治期の遺構は市中に多く存在するが、もしかつての加賀藩の財力をフル活用できてきたらこれどころじゃなかったに違いない。そう考えると明治以降の凋落っぷりが残念なわけだが・・・。
一方で、金沢にこれだけ多くの文化財が保存されている理由を考えるとこれで良かったとも思う。というのも明治以降の経済力の低下のために街の再開発は抑えられてきたからだ。市の中心部と金沢駅が離れていることもこれに貢献している。もういっこ、旧軍の大規模な駐留や、大きな軍事施設、軍需工場が存在しなかったことから空襲を免れたことも大きい。京都に並んで稀有な例である。
他の日本の都市が明治以降たどった道を考えると、現在の金沢になったのはわりと奇跡的なんじゃないかと思う。
僕の住んでいる街は根津・谷中・千駄木って、わりと東京の中でも下町情緒が残っているとされ、観光バスで乗り付けた団体さんがうろうろしているような地域なんだけど、金沢みたあとじゃ悲しくなってくるのがしょーじきなところ。
いろいろ書いたけど。
絶対もう一度行きたいし、できれば住んでみたい!
お金貯めて余生は主計町住まいとかね〜。
演奏会のご案内。
自分のブログで演奏会のこと書くの初めてです。
僕がのってるブルーメンフィルの演奏会が今度の土曜日夜にあります。
お暇でしたらぜひぜひいらしてください。
僕にメッセージかメールくださればチケットをタダで差し上げます。
よろしくお願いします。
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ブルーメンフィル 第27回定期演奏会
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【日時】2006年9月30日(土)開場18:30 開場19:00
@第一生命ホール 全席自由
【指揮】ミヒャエル・ディトリッヒ
(元ウィーン交響楽団ヴァイオリン奏者
ハンガリー・ブダペスト国際指揮セミナー教授)
【プログラム】
シューベルト 「魔法の竪琴(ロザムンデ)」序曲
サリエリ 「ラ・フォリア」の主題による26の変奏曲
ベートーヴェン 交響曲第6番ヘ長調「田園」
お願いですから。
横断歩道でもないところを左右の確認もせずに自転車で飛び出してこないでください>成城マダム
仮免路上教習中2日目です。
初日はいきなり環状八号線に連行されました。
教習所でてすぐの10%傾斜の坂道にビビり、砧公園わきの交差点で対向車バリバリの右折に挙動不審になり。
そんなラットな新兵状態だった自分。
「その信号左折ね」
「ハイッ」
あれ?この交通量の多さは、もしかして…。
「ひょっとしてこれカンパチですか?」
「ひょっとしなくても環八です。」
マジっすか。
生まれて初めて「オーバートップ」の領域に踏み込みました。
そんで、トラックに幅寄せされる恐ろしさをさっそく味わいました。
割り込みもされた。
いちいち「ひぃぃぃぃ」と悲鳴を上げる自分を尻目に
「こんなのは日常なの。戦場みたいなもんです。」
とサラッと流す教官がステキでした。
今日のメニューは車線変更。
246と環八を行ったりきたりしながら合流の練習です。コワイ。
やっと細い道路に戻ってきて落ち着けると思ったら、おりしも3時すぎ。
目の前を下校途中のお子様たちが駆け抜けてゆきました。心臓に悪すぎ。
極めつけは再び環八にもどって、レッツ右折。4車線を横切って右折はビギナーにはムリです。「右折可」が点るまでジリジリと待つものの、ルームミラーを見ると後続車の行列待ち…。ゴメンナサイ。
危険予測シミュレータばりに次から次へと押し寄せてくる危機に毎日ヘトヘトです。
ローマ会。
去年の今頃、インドからもってかえってきた4個のビーリー(インド煙草)。
最後の1個は一年後に開けようと思ってとっておきました。
で今日、最後の1個に手をつけ吹かしてみると久しぶりのインドのニオイ。
いろいろ思い出しました。
考えてみると今までの人生で本当に「ん〜タバコウマい!」と思ったのって、ガンジス川のボートの上で吸った一本、バラナシ行きの夜行列車でドアあけて夜明けの空を見ながら吸った一本、あとは卒論仕上げた朝に吸った一本ぐらいかな。。。
今日はローマ日本人学校の同窓会ということで、自由が丘のBabbo Angeloで昼食会してきました。
いやー、ローマから帰ってきてもう15年以上たつんですね。
男性陣は本当にみんなかわってなくて、面影残りまくり。
でも、僕以外みんな社会人で、大人の落ち着きみたいなものができてて、時の流れを実感しました。。。
(女性陣は基本中身は昔のまんまだけど、外身がばけまくり。。。わかんない!)
日本人学校の手作りの砂場で、みんなでミニカーとかで遊びながらじゃれあって鼻たらしてたのが、15年経ってそれぞれ自分の道選んで歩いていて。。。んー、面白い。
正午にはじまったのが、結局ダラダラだべって気づいたら10時になってたw
(ごめん、kenちゃん。借りた分来年倍にしておごります<(_ _)>)
N→H→K→R→C→B
MT車でおなじみの駐車手順が頭をグルグルまわっております。
今日のエンスト回数、2回でございます。
「なにをいまさら」と言われちゃうこと書きます。
今日、技能教習2回目。
今まで免許も持たずに
「AT車ってゴーカート?」だの。
「車はあくまでアイアンホース、CVTなぞいらんのですよ」だの。
さんざん言いたい放題言ってホンマすんませんでした <(_ _)>
クラッチめっさむずーっ!
半クラッチ!と思うと慎重になりすぎて車がなかなか動かなくて、後ろからドつかれるし。
今度はサラッと発進しようと思うとエンストするし(泣)
こんな代物が街中走りまわってると思うだけでもうガクブルです(嘘)。
技能教習は久しぶりに緊張感強いられるシチュエーションで、脳みそにカツがはいるのですが。
学科だけは眠くてしかたがない。。。
おまけに教官も「生徒を眠らせてはいけない」という使命をおっているらしく
「はい!そこのキミ!」なんて質問いきなりあててくるし。
アンニュイな高校時代に戻った気分です。